
昨日のジャズ倶楽部1946の番組放送6回目をお聴きになられましたか?
昨日はエッセイが2編、放送されました。
それぞれのお客様はよくおいでになられる方で、その方々の若かりし頃のお話で
聞きながら、想像を巡らませました(*^^*)
お聞き逃しになられた方は、当カフェで流しております。
是非、お立ち寄り下さい。
さて、今日のタイトルのお話です。
今日は先日「完璧などんぐり」をお持ち下さった仙人さんが今度は落ち葉をお持ち下さいました。
にこにこして「不完全な落ち葉です。」と二葉の落ち葉を渡してくれました。
見ると味わい深い落ち葉です。
私は以前から落ち葉はよく拾って眺めたりしていたので、味わいのある落ち葉には共感できました。
聞くところによると仙人さんも若葉ではない紅葉した落ち葉に味わいを感じるようでした。
新緑の緑は色鮮やかで眩しく、葉もつやつやして自信ありげに見えます。
紅葉し地面に落ちている落ち葉とは正反対です。
でもその欠けたり、虫に食われて穴が空いたり、色が変わったりした落ち葉は
まるで人の一生の移ろいのように感じます。
決して取り戻せない年数を歩いて来た人生のように。
人間に例えると、新緑は若者だから不完全な気がします。
でも人が黄昏ても、永久に完全とは言えない気がするので
不完全な落ち葉は正しい言い方のようだとも、思います。
最終的な結論としては、完全を目指し続けるために
不完全であり続けなければならないし、
不完全だから進化し続けるのかなと思います。
今日は屁理屈っぽくなってしまいました(^^;)
皆さんは秋に落ち葉を見て、何を感じるのでしょうか(*^^*)